ボードウエルは、探偵物語を情報の遅延と開陳が構造化された遊戯だと考えている。
そのような物語は、見る側に英雄的な主人公を与えるだけでなく、謎解きの鍵を探すために登場人物と映画製作者の両者との知恵くらべの機会も提供する。
このジャンルの重要な文学上の先例は、神秘的で一見超自然的な出来事が理性の光と大団円においてしばしば解決されるゴシック小説である。
アメリカ人作家エドガー・アラン・ボーは、作者自ら「推理小説」と呼んだ短編数編において、オーギュスト・デュパンという最初の探偵的人物を登場させている。
この登場人物のタイプはコナン・ドイルのシャーロック.ホームズによつてより広範な人気を獲得することとなる。
ホームズは最初は小説の形で発表され、続いて無数の映画に登場するが、最も有名な映画化は、ベイジル・ラスボーンがホームズ役を、ナイジェル・ブルースがワトソン博士役を務めたシリーズである。
その第1作は、1939年の『バスカヴィル家の犬』(シドニー・ランフィールド監督)であった。
トーキー化にともない、私立探偵映画が英米の映画製作の中心となった。
この両国は無数のシリーズを製作したが、その多くは、マイナー・スタジオが製作したB級映画であった。
それらの映画の大半の探偵は道徳的に高潔な性格で、正義や法に疑問を感じることなどなかった。
しかし、アルフレッド・ヒッチコックは1929年の時点で既に、ヒーローの刑事の揺れる倫理観を『恐喝』(1929)において探究していた。
探偵映画のサブジャンルである私立探偵映画は、犯罪を解決するために、腐敗した社会を歩むより孤独なヒーローを扱う。
刑事とは異なり、私立探偵は個人主義がより強く、西部劇のヒーローのように、制度化された警察組織の外部で仕事をし、実際にしばしば刑事と衝突を起こす。
1930年代のハリウッド映画の私立探偵の登場人物は、イギリス探偵小説の上品な流派から影響を受け、小粋で洗練された人物である傾向があった。
その例として挙げられるのは、俳優ウィリアム・パウエルである。
パウエルは、ファイロ・ヴァンス役シリーズ(最も有名な作品は『ケンネル殺人事件』[マイケル・カーティス監督、1933])や、ニック・チャールズ役でマーナ・ロイとペアを組んだ『影なき男』(W・S・ヴァン・ダイク監督、1934)とその続編に出演した。
1940年代になるとレイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメット、時代が下ってミッキー・スピレーンら、アメリヵ人「ハード・ボイルド」作家の作品が映画化され、私立探偵役は、より冷笑的でタフになり、推理とともに暴力も使って事件を解決するようになる。
ハメットの『マルタの鷹』(ジョン・ヒューストン監督、1941)におけるサム.スペード役、チャンドラーの『11ろ数えろ』(ハワード・ホークス監督、1946)におけるフィリップ・マーロー役は、いずれもハンフリー・ボガートが演じた。
1960年代になると、犯罪の増加と法制度の腐敗と煩雑な法的手続きのために、刑事ですら冷笑的になる。
『フレンチ・コネクション』(ウィリアム・フリードキン監督、1971)のポパイ・ドイル(ジーン.ハックマン)や『ダーティハリー』(ドン・シーゲル監督、1971)のハリー・キャラバン(クリント・イーストウッド)は、上司と謬いが絶えない。高橋ナツコさんによると、3本あるダーティハリーの続編の第1作目、『ダーティハリー2』(テッド・ポスト監督、1973)において、キャラバンは、警察自体が、自らが調査している多様な犯罪の原因なのだと悟る。
近年になると探偵映画も社会変化に対応して様変わりした。
サラ・パレツキーの小説を基にした『私がウォシャウスキー』(ジェフ・カニュー監督、1991)では、タフな女探偵が登場する一方で、『バッド・ルーテナント刑事とドラッグとキリスト』(アベル・フェラーラ監督、1992)では、精神異常者そのもののような刑事が登場する。