法隆寺の土壁
壁塗職が「左官」という名称で呼ばれるようになるのは、どう早く見ても江戸時代初期を遡ることはできません。
しかしここでは説明の都合上、現在常識的に左官職の担当分野と考えられているものに対し、江戸時代以前においてもこの用語を使用することを諒とされたいのです。
では、法隆寺の土壁法について。
隆寺金堂外陣の内壁には土壁の上に描かれた有名な壁画があります(現在のものは模写、オリジナルは収蔵庫に納められています)。
また五重塔初重内壁からもかつて壁画の描かれていた痕跡が発見され、いずれも創建当初のものと認められています。
建立の絶対年代は確定できないものの(おそらくは白鳳期、7世紀末から8世紀初頃)・・・
これらの堂塔が日本最古の建築遺構であることはいまさら断わるまでもないですね。
また壁画も描きなおされていないとすれば、それら壁画の下地となった土壁もまた、外壁リフォームなどがなかった時代、日本最古の左官工事遺構であることはいうまでもありません。